先日あるホテルに宿泊しました。
そこは会員制のホテルで、メンバーかメンバーの紹介でないと立ち入ることすらできないホテルです。
そこの会員権を購入するだけでもそこそこの家1件買えるくらいかかります。
しかもそれ以外に年間維持費や宿泊料も払う必要があります。
なんでこんなビジネスモデルが成立するのか私にはよくわかりませんが、富裕層ビジネスとはそういうものなのでしょう。
もちろんわたしがそこの会員権を持っているわけではなく、友人から宿泊の権利を譲ってもらって宿泊しに行きました。
そこの系列ホテルは何度か宿泊したことがあるのですが、今回のホテルは各段に上を行ってます。
まずスタッフの対応が違います。
挨拶することはどこでもあると思いますが、何か客が必要としているものがないか全員が常に気を配っています。
ある意味見張られているようにも感じますが、スタッフはお客が前に通るときには誰一人としてスルーしません。
必ず笑顔とこちらの耳に届くくらいの声であいさつをしてくれます。
それが売店のスタッフであったとしてもです。
接客時以外はたとえ店の中にいたとしてもお客を見かければ必ず挨拶をしてくれます。
徹底してもてなす。
そういうことにフォーカスしていることが良くわかる対応でした。
夕食時の対応も素晴らしく、一日目は個室で食事したのですが食べ終わったであろう絶妙なタイミングで入ってきては食器を下げ新しい料理を提供するのにはちょっと驚きました。
どこかにカメラでもついているんだろうかと思うほどです。
妻との会話はもちろんですが、担当した女性スタッフさんとの話も弾み楽しく食事をすることができました。
2日目の夕食は、テーブル席だったのですが妻と話していたこともあり男性スタッフさんは会話にはあえて割り込まず料理の説明に終始。
食後店を後にするタイミングでようやく声をかけられました。
レストランとしての取り組み、料理長の思いなど手短でしたが説明してくださり興味深く聞かせていただきました。
食事中の雰囲気を察して無駄に割り込まず入り込めるタイミングでスッと会話を仕掛けてくるタイミングの良さにも感心しました。
なにより、個を出さずレストラン全体を盛り上げることを意識した内容に感心しました。
初日の女性スタッフが「わたしを見て!」って感じの方だったので(それはそれで悪くないんですが)余計にそう感じたのかもしれません。
「なんとも洗練されたサービスを提供してくれるホテルだ」
そう感じざるを得ないほどのホスピタリティだったかったのですが、そう思ってしまったのがいけなかったようです。
Contents
スタッフのちょっとした話し方でイライラMAXに
翌日妻の体調が悪かったので一人でレストランへ。
今から考えれば当然ダメだろうというのはわかるのですが、男性スタッフさんについ言ってしまいました。
「妻の体調が悪くて来れなかったので、何か部屋に持ち帰ることのできるものって用意していただけますか?」
男性スタッフさんから帰ってきた返事は、
「できません」
そう冷たく言い放ってその場をスタスタ離れました。
「~用意していただけますか?」のこの瞬間まで、富士山の高さくらいに上がりに上がっていたこのホテルの評価がマリアナ海溝くらいまで下がりました。
「まてまて、俺が言ったことは衛生上の問題や他の問題があって出来ないことはよくわかる、わかるよ。でも、その態度はないだろ!」
「もっと言い方ってものがあるんじゃないのか!」
「なにそれ?それがスマートな言い方だとでも思ってんの?」
そんな、接客に全く興味のない店で感じるあのモヤモヤした感覚が急に襲ってきました。
こうなるとわたしの悪い癖でそのことが頭を離れず食事中ずっとイライラしっぱなしです。
そんなところへ、間が悪いというか、その方には何の責任もないのですが、女性スタッフさんがわたしのテーブルに来て「奥様のお加減はいかがですか?」と聞いてくれたのです。(仕事とは言えこういう一言をかけられるのも良く教育されている証拠ですよね)
わたしはもう、かわいさ余って憎さ百倍状態だったため「大丈夫です」と目も合わせることもなく返事をしました。
まさにとりつく島も与えない雰囲気です。
女性スタッフは寂しそうにその場を去って行きました。
八つ当たりしてしまった女性スタッフの方には本当に申し訳ないことをしてしまったと思います。
その後レストランを後にした瞬間ものすごい後悔の念にさいなまれました。
「今の言動はさっきの男性スタッフと同じじゃないか…」
「何の罪もない女性スタッフに八つ当たりしてしまうなんて…」
そう激しく自分を責めました。
それこそ「もっと他に言い方があるだろう」状態です。
自分がされて嫌だったことをそのまま関係のない人にしてしまったのです。
感情にまかせてものを言うというのは本当にろくなことがない。
そう痛感しました。
今後は少なくとも他人に八つ当たりするのはやめよう、と小さい決意をしました。
負の感情を生かすために
わたしはその時感情が言葉に与える影響を強く感じさせられました。
言葉には良い感情も悪い感情も乗ります。
良い環境の元では良い言葉を出しやすいです。
現に、その日の朝までは本当にそんな気分でした。
しかし環境が悪くなるとそれに比例して悪い言葉が出やすい。
それもまた事実かと思います。
でも、その影響を受けたままにすると夫婦であったり、子どもであったり、同僚、部下果ては上司にまで自分の負の感情をぶちまけてしまうことになります。
そうなったら、家族や会社内での関係性が悪くなっていくのは必然ですよね。
わたしがよく行く飲食店の店長さんは、自分の負の感情を絶対厨房に持ち込まないそうです。
その感情が取り除けなければその日の営業をしないくらいの決意で臨んでおられるそうです。
感情が自分が作る料理に乗るからです。
負の感情が乗ったものをお客さんが食べたらお客さんにも害になる。だからマイナスな感情を持ち込まない。
そのくらい自分の感情を良い状態にし、ベストなものを提供しておられるのを聞いてとても勉強になりました。
これはスピーチでも同じです。
感情が悪い方向に向いているままスピーチをすればそれは必ず聴衆に伝わります。
内容がものすごく健全でも悪感情が乗っていれば聴衆は疲れてしまうか、雰囲気を感じ取って違和感を感じるか、
どちらにしても意図していたことが全く伝わらない話になってしまいます。
こうなってはせっかく準備に沢山時間をかけたスピーチがもったいないですよね。
でも、そうならないために出来ることがあることに最近気付きました。
怒りをスピーチのネタに?
それは負の感情をプラスの感情に変え方法です。
その方法とは、
教訓に変える。
(拍子抜けした方はゴメンナサイ)これすごく良い方法です。
何かに怒るとか憤慨するのは、物事に対する自分が持っているレベルがありそのレベル自体は決して悪いものではなくむしろ良いものです。
しかし、他人がそのレベルに達していないと、そこに生まれるギャップに人は怒り、負の感情を抱いてしまうのです。
じゃあ、その時に考えてみましょう。
- 自分はそのレベルに達していない人にその時どんな感情を持ちましたか?
- その人は、なぜそのレベルに達しなかったんでしょうか?
- 自分がそのレベルを持ったのはなぜですか?
- 今わき上がってきた感情を学びに変える閃きが何か隠れていませんか?
そんなことを考えていると、当初は負の感情に支配されていた自分がやがてそこから教訓を得て自分の血肉になるのです。
結果的にそれはスピーチや会話のネタになり、別の人とコミュニケーションを取るときに生かすことができます。
自分の引き出しが一個増えたことになるんです。
これって人生がちょっぴり豊かになりませんか?
確かに人から受ける悪感情は嬉しいものではありません。
わたしも次に同じようなことがあったら冷静に対処できるか100%の自信はありません。
でも、次回は一旦深呼吸するなりその場を離れるなりして自分を落ち着かせ、
「これで一つネタがで来た!」と嬉しがるくらいの気持ちに持って行けるようにしたいと思います。
そうやってマイナスをプラスに変換できる自分になりたいと思います。